京急蒲タコハイ駅2024年06月05日

サントリーと京浜急行電鉄が行う京急蒲田駅でのコラボイベントが、アルコール依存予防のNPO法人から「公共の場にそぐわない」などと抗議を受け、「京急蒲タコハイ駅」の看板などを撤去した。「駅は公共性が強い場。 乗客には、子どもや、禁酒・断酒中の人、飲めない体質の人もいる」というのが理由だそうだ。これに対してSNSでは「目くじら立てる事か」と批判が相次いでいる。様々な社会事象について反対を表明することは自由だ。また、企業が様々な工夫を凝らして売り上げを伸ばそうと宣伝するのも自由だ。ただ、企業は売り上げに支障がありそうだと判断すれば宣伝内容を改める。こうした「善意の団体」のクレームについて企業は無視することはできない。サントリーは看板は下げたが構内酒場イベントは実施し、どちらの意見も汲んでバランスをとった。

ただ、ワシが気になるのは、病人など社会的弱者、社会的マイノリティーがいるからと言ってそれを代弁した「善意の活動家」が大きな声を出せば、物言わぬ大多数の意向や嗜好について「我慢せよ」とないがしろになることだ。賛否のあるものについて少数側が「差別」と言えば議論がストップしてしまう傾向にも通じる。表現の自由は双方の意見が担保されてこそ成り立つ。「少ないもの勝ち」現象は不平等不満が蓄積し結局社会を分断してしまう。また、少数でも声を上げれば多数者が譲歩するということを繰り返せば、結局自由は形骸化し大声の自由が大手を振ることになる。

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