グラスハート2025年08月17日

グラスハート
Netflix音楽ドラマ『グラスハート』が、視聴者の心を二分した。天才ミュージシャン藤谷直季と仲間たちのセッションは、まさに極上のライブを覗き見するような臨場感。バンド「TENBLANK」が生み出す即興の波、その上を藤谷と朱音が言葉ではなく音で会話する――これこそ音楽ドラマの醍醐味だと絶賛する声がネットに溢れた。ここまでは、間違いなく傑作の域である。だが、その興奮を一瞬で冷ます展開がやって来た。藤谷の脳腫瘍。そして医師の口から放たれる「音楽を続ければ命に関わる」という一言。病名も症状も不明。唐突すぎる宣告だ。まるで台本の都合で強引に物語を曲げたかのような印象を残す。

医学的に見ても、これは首をかしげざるを得ない。脳腫瘍で音楽活動が全面禁止になるケースは考えられない。制限がかかるのは、てんかん発作、感覚過敏、集中力障害といった症状が出た場合であり、それも環境や活動時間を調整する方法が優先され医学的に「全面禁止」はエビデンスがない。視聴者の多くが「そんなことあるのか?」と疑問を抱いたのも無理はない。物語的にも惜しい。あれほど丁寧に描いたセッションの喜びから、主人公が突然音楽を続けるならばと死を宣告される。周りのメンバーがオドオドするだけで、主人公の葛藤も経過も描かれない。人物像の厚みは失われ、音楽そのものが物語の犠牲になってしまった感がある。もし制作陣が本当に「命と音楽の狭間」を描くつもりだったのなら、そのプロセスこそ物語の核に据えるべきだったのだ。改善の余地は大きい。セッション中に指先の震えが走る、幻聴が混ざる、譜面に書きかけのフレーズが増えていく――そうした小さな兆候を積み重ねれば、藤谷の決断は必然性を帯びたはずだ。朱音に未完のメロディを託す場面など、音楽で別れを語る展開も考えられる。

では、なぜこうなったのか。制作現場に近い関係者は「放送枠や脚本尺の制約があったのでは」と語るがNetflix制作だけに考えにくい。脚本家が医学情報に乏しく、感情的インパクトだけを優先する演出判断かもしれないが結果としてテーマの深みを削ぎ、作品全体の完成度を下げたことは否めない。『グラスハート』は、音楽描写では間違いなく今年屈指のドラマだ。それだけに、病による転換の描き方が甘かったことが悔やまれる。音楽と命の葛藤――本来なら普遍的で心を揺さぶるテーマが、説明不足と唐突さで台無しになる。もし続編や再編集の機会があるなら、この核心をどう描くかが、真の傑作への分水嶺となるだろう。

フェンタニル密輸2025年07月02日

フェンタニル密輸
名古屋港から米国へ発送された国際郵便が、世界規模の麻薬密輸ネットワークの“日本回廊化”を暴露した。荷物の中身は電子部品や化学試薬に見せかけたフェンタニル前駆体。送り主は中国系企業「Firsky株式会社」。そしてこの事件は、日本の法制度や監視体制の“空白”が、いかに巧妙に突かれたかを浮き彫りにした。フェンタニル——本来はがん性疼痛などに用いられる強力な鎮痛薬。その致死量はわずか2mg。闇市場では1錠あたり1〜10ドルという安さで流通し、その依存性はヘロイン以上。闇市場で流通しているフェンタニル錠剤の含有量は極めて不安定かつ危険であり、1錠あたり0.5mg〜5mg以上のフェンタニルが含まれているケースが確認されている。アメリカでは年間7万人以上がこれにより命を落とし、フェンタニルはもはや「社会毒」と化している。その影響は“ゾンビ”という言葉に象徴される。都市部では中毒者が意識を失い、背を曲げ、ふらつきながら歩く姿が日常風景となった。

そしてその“ゾンビ現象”は、静かに日本にも入り込んでいる。大阪・西成地区では2025年春以降、フェンタニル中毒者と思しき人物の「ゾンビ歩き」がSNS上で報告され、地元警察も警戒を強めている。薬物名は「ケタペン」。摂取後に全身の力が抜け、虚ろな目で街を徘徊する姿は、もはや他人事ではない。なぜ、この猛毒が“日本で”動き始めたのか。第一に、通関制度や法人設立の“善意設計”が逆手に取られた。日本は清潔で信頼される国だが、その“クリーンな中継地”としてのブランドが、かえって犯罪組織にとって理想的なルートを提供してしまった。第二に、政治的な危機意識の欠如。政府の対応は「発覚後」の強化策が中心であり、制度全体の再設計には踏み込めていない。

アメリカがこの問題を「新アヘン戦争」と呼ぶのは、決して過剰表現ではない。かつてアヘンによって主権を蹂躙された中国が、今度は化学物質によって他国を蝕んでいるとの批判は、陰謀論を超えて地政学的リアリズムの中にある。名古屋事件を警鐘と捉えるなら、今こそ必要なのは、“見えない感染”への想像力だ。中毒者が統計に現れるときには、すでに流通網が根付いている。ゾンビたちは、目に見える最終形にすぎない。今の日本に求められるのは、法と制度、そして市民の眼が「まだ見えていないもの」に気づくことではないだろうか。政府は「注視」している場合ではなく厳格な捜査をして水際で防がねばあっという間に広がる。
毒はもう、足元にある。

降圧剤副作用か?自動車事故2025年07月01日

降圧剤副作用か?自動車事故
高齢ドライバーによる交通事故が増加している。これまで「年齢のせい」と片付けられてきたが、薬の副作用が関係している可能性がある。特に注目されているのが、血圧を下げる薬、いわゆる「降圧剤」である。めまいやふらつき、注意力の低下などの副作用が運転に影響し、事故のリスクを高めているかもしれない。実際、降圧剤が関わると思われる事故が報告されている。大阪市では69歳の男性が交差点で歩行者をはねた。男性は血圧の薬を服用し、「最近ふらつきが増えていた」と話している。福岡市では67歳の女性がスーパーの駐車場で誤って車を突っ込み、複数の薬を服用していた。神奈川県では70歳の男性が一方通行を逆走し、複数の降圧剤を使用していたことが明らかとなっている。

降圧剤は血圧を下げて心臓や血管の負担を軽減する薬である。しかし、急激に血圧を下げすぎると、脳への血流が不足し、ふらつきや立ちくらみを引き起こすことがある。高齢者は薬の影響を受けやすく、視力やバランス感覚の衰えも重なるため、些細なミスが重大事故につながりやすい。こうした降圧剤の使用増加には、高血圧学会の治療ガイドラインの変遷が大きく影響している。かつては140/90mmHgを超えたら積極的に治療するのが一般的であったが、2014年に130/80mmHg以上でも治療対象とされ、対象患者が大幅に増えた。その後、高齢者には慎重な治療を推奨する方向に修正されたものの、処方数は増え続けている。

降圧剤の売り上げはこの20年でほぼ倍増し、日本国内の市場規模は2000年の約280億円から2020年代には約520億円に達した。しかし、この急激な使用拡大に伴い、主要な心疾患や脳卒中の死亡率、再入院率が劇的に改善したという統計的な裏付けは乏しい。むしろ副作用による転倒や入院が増えており、薬の効果とリスクのバランスが問われている。さらに、製薬会社が医師や学会に資金提供を行い自社薬の推進を図る一方で、診療報酬制度が薬の処方量を増やすインセンティブとなっているため、医療機関は薬を多く処方する傾向にある。こうした制度的な背景も、市場拡大の一因とされている。

一方、イギリスの大規模研究「OPTiMISE試験」では、80歳以上の高齢者を対象に、降圧剤を減らしたグループと継続したグループを比較した。その結果、死亡率に有意差はなく、薬を減らした方が転倒や入院の発生率が低下したことが明らかになっている。これは、血圧を無理に下げるより、自然な体の状態を保つ方が安全である場合があることを示唆するものである。この知見は、加齢による生理機能の変化が始まる前期高齢者(65〜74歳)にも十分当てはまる可能性がある。特に薬の副作用や過度な降圧による脳血流低下は、年齢を問わず注意が必要であり、年齢で一律に治療方針を分けるのではなく、個々の体調や生活状況に応じた柔軟な薬剤管理が求められている。

それでも現実には減薬は進んでいない。事故を「年のせい」と済ませる社会の仕組みが続いているのである。薬は命を守るが、誤った使い方は命を脅かすことにもなる。事故を減らすには、「この薬は本当に必要か」「副作用は出ていないか」を社会全体で問い、現行の「一律に高齢者に運転免許返納を求める」方式から、「降圧剤を服用している人は運転を控えるべき」とする明確な基準や法整備への転換が望まれる。これにより、副作用リスクを踏まえた合理的な運転管理が可能となるだろう。事故の裏にある真実に目を向けること。それが高齢者事故の本質に迫る第一歩になると考える。

脳の自浄機能と認知症2025年05月30日

脳の自浄機能と認知症
叔母の葬儀に行った。長い間施設で暮らしていたため、ほとんど会うことはなかったが、祖母と同じ顔をして静かに眠っていた。会えなかったのは、認知症のために亡くなった父と顔が似ている自分が面会すると、叔母が大混乱を起こすので、施設側から面会を控えてほしいと要請されたためである。父は亡くなる前、よく行方不明になり、家族に迷惑をかけ、最終的には認知症で施設暮らしになった。叔母の場合は、早い時期から「盗難にあった」と騒ぐことがよくあった。そういえば、祖母も孫が来ているのに「何を盗りに来たのか」と訝しむことがよくあった。叔父も父の葬儀のあと、「手切れ金だ」と言って金を渡してきた。おそらく、甥である自分から何か物心を奪われるのではと不安になったのだろう。症状は様々だが、父方の家系は相手の気持ちが読みづらい気質に加え、老齢期には認知症が重なる傾向があるようだ。自分にも思い当たる節がある。

認知症は日本の超高齢社会において深刻な問題であり、65歳以上の5人に1人が発症すると予測されている。しかし、加齢だけが認知症の原因ではなく、最大の要因は「脳のゴミ」と呼ばれる老廃物の蓄積である。特にアルツハイマー型認知症では、アミロイドβというたんぱく質が脳内に蓄積し、続いてタウたんぱく質の異常が発生することで神経細胞が死滅し、記憶障害や判断力の低下などの症状が現れる。レビー小体型認知症では、αシヌクレインというたんぱく質が蓄積し、幻視や運動障害を引き起こす。前頭側頭型認知症では、前頭葉や側頭葉の萎縮とともに特定のたんぱく質が異常に蓄積し、性格や社会的行動の変化が初期症状として現れる。なお、血管性認知症は脳梗塞や脳出血が主な原因であり、「脳のゴミ」とは直接関係しない。

脳の老廃物は発症の20~30年前から蓄積が始まり、その排出には「グリンパティックシステム」と呼ばれる脳の自浄機能が重要である。このシステムは深い睡眠中に最も活発に働き、脳脊髄液の循環を促進してアミロイドβなどの老廃物を洗い流す。しかし、睡眠不足や質の悪い睡眠、ストレス、免疫力の低下、不適切な食事などがこの機能を低下させ、脳のゴミの蓄積を促進するという。認知症予防のためには、質の高い睡眠を確保することが不可欠であり、起床時間を守って体内時計を整え、朝起きてすぐに光を浴びること、日中の適度な運動、午後のカフェイン摂取を控えること、就寝前の強い光を避けること、快適な睡眠環境の維持、就寝3時間前からの食事制限、そして毎晩同じルーティンを行うことが推奨される。認知症の主な原因である「脳のゴミ」の蓄積を防ぐには、日々の生活習慣の見直しと質の良い睡眠の維持が最も重要であるとされる。しかし自分の生活を振り返ると、PCによる夜更かし、朝寝坊、運動不足と、脳の自浄機能を阻害することばかりして定年期を過ごしている。DNAの呪縛には歯向かえぬとは言え、加速させてどうするのか。「やばいやばい」と思いながら布団に入った。

生活習慣病管理料の見直し2025年05月24日

生活習慣病管理料の見直し
3カ月に一度の定期受診。今回も体重測定があり、電子カルテのチェックリスト形式の問診を受ける。今回は主治医が交代していたため、「また一から質問されるのか」と思っていたが、どうやらこれは医師が変わったからではないらしい。実は、2024年度の診療報酬改定によって導入された、新しい制度の一環だという。今回の改定では、「生活習慣病管理料」という仕組みが見直され、患者ごとに療養計画書を作成し、毎回の診察でチェックリストに沿って生活習慣の確認や指導を行うことが求められるようになった。目的は、重症化を防ぐことと、患者の自己管理を促すこと。確かに、生活習慣を定期的に見直すことで、健康への意識は高まるかもしれない。医師との会話も増え、治療のモチベーションにつながるという評価もある。

けれども、現場で感じるのは少し違う空気だ。毎回、同じ質問。診察室で繰り返される問診は、正直なところ形ばかりになりつつある。医療スタッフの負担も増え、診察時間は長くなる一方。症状のない患者からすれば、なぜ毎回同じことを聞かれるのかと疑問もわく。実際、私も血圧は自宅で毎日測り体重も体組成計で測定し、万歩計で歩数も自動記録。スマホのグラフ表示を診察室で見せれば、医師がつけるチェックリストとほぼ同じ内容がそこにある。それでもマニュアルに従って問診が続く。この制度のせいか、診察の待ち時間もずいぶん長くなった。丁寧な対応と評価する人もいるだろうが、急いでいるときには正直しんどい。ましてや、家庭でこまめに記録し、グラフまで作って見せるような患者にとっては、同じ話を繰り返すのは非効率に感じる。

今回も医師に「毎月2キロ落としましょう」と言われたので、「水飲んでも太るんで難しいです」と笑って返したら、「スマホで食事を撮ってアプリでカロリー計算してみましょう」と、真顔で返された。以前の3分診療が、気づけば10分に。待っている人たちにはちょっと申し訳ない。丁寧であることは悪くない。でも、親切すぎるとちょっと重たい。そんな不思議な気持ちを抱えながら、1,440円を払って病院を後にした。制度の趣旨は立派だ。でも本当に活かすには、現場に合わせた柔軟な運用と、臨機応変な対応が必要なんじゃないかと思う。

パーキンソン病iPS細胞治療2025年04月20日

パーキンソン病
パーキンソン病は、脳内のドーパミン神経細胞が減少することで運動障害を引き起こす難病であり、根本的な治療法は存在しない。京都大学は、健康なドナー由来のiPS細胞から作製したドーパミン神経前駆細胞を、患者の脳内に移植する臨床試験(治験)を実施した。対象は50~69歳の患者7名で、1人あたり500万~1000万個の細胞を被殻に移植した。主要評価項目は安全性であり、24カ月間の観察期間中、重篤な副作用や腫瘍化、異常増殖は認められなかった。移植後は1年間免疫抑制剤を使用し、その後も大きな拒絶反応は確認されていない。運動症状の評価では、6名中4名に改善が見られ、PET検査でもドーパミン神経の活動増加が確認された。特に若年で重症度の低い患者において、効果が高い傾向が示されている。今後は、細胞製造企業が厚生労働省への承認申請を予定している。他人由来の細胞を使用するため、免疫抑制剤の継続使用が課題ではあるものの、安全性と有効性が確認され、新たな治療選択肢となる可能性がある。この治療は、失われた神経細胞を補う再生医療の最前線を示すものである。

脳内移植治療が現実となった今、「神経伝達物質が不足しているなら健康な脳細胞を移植すればよい。他人の脳細胞を移植するのが困難なら、他人の健康な細胞から脳細胞を培養すればよい」という理屈通りの治療が実現した。今後、脳細胞の障害部位が特定されれば、他の疾患への応用も可能になるかもしれない。今回は、運動障害とドーパミン不足の関連が明確なパーキンソン病が対象であったが、同じくドーパミン関連とされる統合失調症、ADHD、うつ病、強迫性障害などへの応用も期待される。さらには、薬物やギャンブル依存もドーパミンが関与していると言われこうした社会的問題に対しても、効果があれば、当事者やその家族を救う手段となるだろう。

ただし、運動障害と行動障害では根本的な性質が異なる。行動は人格と不可分な側面があり、人格を人為的に変容させてよいのかという倫理的問題が生じる。仮に治療が可能であったとしても、誰がその適応を判断するのかといった点で大きな議論を呼ぶことになるだろう。脳内移植による再生医療は、今後どこまで認められていくのだろうか。脳も臓器の一部である以上、再生が可能と認めてよいのか。あるいは、生まれつきの性質まで変えることを再生と言えるのか。考え出すと堂々巡りになる。とはいえ、まずはパーキンソン病など運動障害に対する治療の成功を心から祝福したい。

赤ちゃんポスト2025年04月06日

赤ちゃんポスト
東京・賛育会病院が、「赤ちゃんポスト」と「内密出産」の受け入れを始めると発表した。これは都内初の試みになる。赤ちゃんポストは、生まれたばかりの赤ちゃん(生後4週間以内)を、名前も名乗らずに預けられる仕組み。内密出産は、出産する女性が身元を完全には明かさず、一部の医療スタッフだけに知らせて出産できる制度だ。どちらも、予期せぬ妊娠や孤立出産、そして最悪のケースである嬰児遺棄を防ぐことを目的としている。病院は東京都や墨田区と連携して運営にあたる。この分野で先行してきたのが、熊本市の慈恵病院だ。同院の蓮田健理事長は、今回の賛育会病院の方針に対し、「内密出産の費用を本人に請求するのは残念だ」と率直に批判。理念を大切にすべきだとして、慈恵病院では経済的に厳しい人の出産費用は病院側が負担しているという。ただし、この「理想の姿」にも異論はある。赤ちゃんポストにしても内密出産にしても、母親の身元が不明だったり、経済状況がつかめなかったりするケースが多い。当然、医療費の負担は病院が背負うことになる。それだけでも大変だが、もっと難しいのは「健保未加入」や「生活保護が受けられない」などの在留資格を持たない違法滞在者による出産についてだ。こうなると「医療費は病院持ちで当然」と言い切ることには、社会的にも疑問の声が出てくるのは自然なことだ。ここでは、未成年の予期せぬ妊娠といった別の問題は脇に置いておきたい。

健保料が未払いの人や、生活に困っている人たちには救済策がある。申請すれば健保組合や自治体の補助が出ることもあり、出産費用がゼロになるケースもある。これは病院側が丸損しないための制度でもある。でも、その仕組みにも当てはまらない違法滞在者の出産まで、「赤ちゃんに罪はないから」と無償対応を求めるのは、果たして“正義”なのかどうか。出産する女性を守るべきだという思いに異論はないが、「人権」や「平等」といった言葉が独り歩きして、制度が無限に広がっていけば、今度は「ただ乗り」を許す仕組みになってしまう。その結果、制度を支えている多くの国民の気持ちが離れていくかもしれない。たしかに、こうしたケースにかかる医療費は、全体から見ればごくわずかかもしれない。それでも、「なんだか納得できない」と感じる人が多いのも現実だ。そもそも、この問題の根っこには、入国管理や外国人政策の不備があり、病院や自治体に全部対応を押しつけるのは違う。国がルールを整え、現場を支える仕組みをつくる必要がある。政府も今、法整備に向けて動き始め、海外の事例も調べているという。「困っている人を助けたい」――その気持ちは間違っていない。でも制度がきちんと回ってこそ、本当の意味で“優しさのある社会”は実現できるのではないか。いま必要なのは、感情だけに流されず、理念と現実のバランスをとった冷静な議論だ。

DV聴取は脳ダメージが大2025年03月02日

言葉によるDV聴取の方が脳へのダメージが大
友田明美氏の講演会に参加した。友田氏はマルトリートメント(不適切な子育て)とその予防に取り組む医師で、熊本大学発達小児科から米マサチューセッツ州の病院を経て、ハーバード大学医学部精神科学教室の客員助教授を歴任。現在は福井大学医学部教授を務めている。NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」や「クローズアップ現代+」などのメディアにも多数取り上げられており、その業績は広く知られている。彼女の研究の特筆すべき点は、小児の脳画像技術を用いて虐待を受けた子どもの脳の変容を可視化し、そのエビデンスを日本に広めたことである。医学では因果関係の解明は当然の手法かもしれないが、原因と結果を明示することが、虐待の深刻さを社会に説得力をもって伝える大きな役割を果たしている。講演会場には約350人の保護者や関係者が詰めかけ、関心の高さがうかがえた。言葉による虐待(暴言虐待)は脳に深刻な影響を与える。暴言を受けた子どもの聴覚野の一部は平均14.1%増加し、暴言の程度が強いほど影響が大きくなる。また、言語理解に関わる弓状束の異常も発見された。これは暴言によって過剰なシナプス形成が進み、神経伝達の効率が低下する可能性を示している。一方で、過度の体罰も脳にダメージを与える。厳格な体罰を受けた人は右前頭前野内側部が19.1%、右前帯状回が16.9%、左前頭前野背外側部が14.5%減少し、これらの損傷はうつ病や素行障害のリスクを高めることが報告されている。

特に注目すべきは、夫婦間の不和による子どもの脳へのダメージだ。児童虐待防止法では、夫婦間のDV目撃は心理的虐待の一種と定義されている。DVを目撃した子どもは知能や語彙理解力に影響を受けやすく、11〜13歳の時期に悪影響が強まる。DVを平均4.1年間目撃した子どもは視覚野(舌状回)の容積が平均3.2%減少し、さらに言葉によるDVを聴取した場合は19.8%も減少していた。複数の虐待タイプが重なると影響は深刻化し、DV目撃と暴言聴取の組み合わせが最も重篤なトラウマ症状を引き起こすことが示されている。親の暴言やDV目撃は、身体的虐待以上に精神的ダメージを与える可能性があることから、非身体的虐待の深刻さをより重視すべきという話が印象的だった。もちろん脳は可塑性の高い臓器であり、治療は可能だが、幼少期のダメージは大きく、回復にも長い時間が必要である。自身を振り返れば、直接的な虐待も間接的な虐待も何度もやらかしてきたことに胸が痛くなる。特に暴言にさらされた経験は自分の幼少期の記憶にも強く残っている。科学の力で虐待の連鎖を断ち切る時代になったことに、勇気をもらった。

高額療養費負担上限引き上げ2025年02月17日

石破首相は17日の衆院予算委員会において、政府が高額療養費制度の患者負担上限引き上げに関する方針を修正し、長期治療の患者の自己負担額を据え置く決断をしたと説明した。これは治療中のがん患者からの意見を踏まえたものであり、石破首相は「長期間治療が続き、経済的不安を感じている方々の負担額は変わらない」と述べた。立憲民主党からの凍結要求について、石破首相は「高額療養費制度の見直しをすべて凍結すると、後期高齢者で年額平均1000円、現役世代では年額3000円から4200円の保険料負担増になる」と指摘し、保険料負担増加への不安の声を払拭することが重要だと強調した。高額療養費は、今年8月に自己負担上限額の見直しが第一段階として行われ、2026年8月には所得区分を細分化しての自己負担上限額の引上げを、2027年8月にも引上げを行うという三段階で値上げする。今回の見直しは、いわゆる社会保険料負担の世代間格差の緩和と所得区分の見直しからもわかるように同世代間での格差の緩和という目的があるという。表を見ていると金持ちの上限額を上げると言いながら、しれっと貧乏人の上限額も上げている。今回は難病の値上げを止めるということだが、野党は全ての上限額の引き上げ案に反対している。

政府は値上げしたり、上限額を上げる事ばかりに執着するが、その使い方についての抜本的な改革は与野党含めて支持者の意向を恐れてか提案しない。医療費が増大しているという一般論ではなく特に何が膨れ上がっているのかという議論が必要だ。日本の公的医療保険では、全体の医療費約44兆円のうち、75歳以上の後期高齢者が約18兆円(約40%)を占める。65歳以上まで含めると、医療費全体の約60%が高齢者向けである。延命治療にかかる費用の正確なデータはないが、終末期医療費は年間4〜6兆円規模と推定され、医療費全体の約10〜15%、高齢者医療費の約15〜25%を占める可能性がある。高額療養費制度の存在により患者負担が軽減され、結果的に延命治療が長期化する傾向が指摘されている。特に日本では、家族の希望や医療機関の方針により延命治療が続くケースが多い。これが過剰医療の要因となり、医療費増大につながっている。欧米では寝たきり老人が少ないというのは、延命治療を保険では認めていないこともある。先進福祉国も含め本人の意思もないのに胃ろうや栄養剤輸液補給で延命することは個人の尊厳に反するという考えが多く、食事が自分でとれなくなった段階で治療を終了することが少なくない。日本では、年齢に関わりなくどの命も救うべきという考えが強く延命治療が本人の意思に関係なく続けられる。延命治療の停止を「個人の意思の尊厳」を条件とするならば理解を得られることも多いのではないか。患者の意思を尊重しつつ持続可能な医療制度を構築することが求められる。

マイナ保険証の病院利用率2025年01月29日

マイナ保険証の病院利用率
立憲民主党は、昨年に廃止された従来型の健康保険証の発行を復活させる法案を衆議院に提出した。これは、マイナンバーカードと一体化した「マイナ保険証」の利用率が25%と低迷しており、国民の不安を解消することを目的としている。これに対し、平将明デジタル大臣は「大きな方針転換は不要」と述べ、現行制度の継続を強調した。立憲民主党の法案は、健康保険証の発行再開と安全な利用環境の整備を求め、廃止時期の再検討を提案している。同党の議員は、医療情報のデジタル化そのものには否定的でないとしつつも、世論調査で示される国民の不安を指摘。特に高齢者や障害者、介護施設入所者への対策が整うまで、従来型の健康保険証との併用を求めた。マイナ保険証は、2年前に河野太郎デジタル大臣(当時)が突然発表し、申請の急増とミスの多発を招いた経緯がある。平氏は「政府広報も不安解消に努めている」とし、進捗は順調だと強調した。しかし、「マイナ保険証の利用率」に関する報道には注意が必要である。マイナ保険証の利用率の母数は「オンライン資格確認利用件数」で、従来の保険証やマイナ保険証の利用件数が含まれる。つまり病院での利用率を示す。

だが、「利用率が25%と低迷」という表現は、国民の25%しかマイナ保険証を登録していないという誤解を生む可能性がある。実際の登録者数は8千万人弱で、国民の約63.5%に相当する。つまり、国民の6割がマイナ保険証を登録しているなら、今後の病院利用割合はその割合に近づいていくと考えるのが妥当だ。ただ、マイナ保険証を登録したからと言って病気でもないのに病院に行く人はいないのでタイムラグが生じるのは当たり前だ。立憲民主党の議員が国民登録率を提示しなかった理由は定かでないが、登録率に触れなかったのは意図的な印象を与える。12月段階で「25%利用率」だから国民に不安が広がっているというのはこじつけだしメディアの見出しもミスリードだ。特殊な事情を一般論にすり替えるのは反対派の常套手段だが、根拠となる数値は適切に提示すべきである。また、メディアも厚労省も政党発表を鵜呑みにせず正確な報道やコメントをしてほしい。