PECSフェイズ6が大事2025年03月09日

PECS 桜が咲いています
PECS研究会を開催した。京都でPECSの実践に積極的に取り組む南山城学園から、利用者の日常生活におけるPECSの活用状況について報告を受けた。PECSといえば、言語・コミュニケーション能力の弱い自閉症児が絵カードを用いて要求を伝える手段と理解されがちであり、おやつやおもちゃの要求に限られると思われている節がある。しかし、それは習得の入り口に過ぎない。PECS(絵カード交換コミュニケーション)は、1985年に考案された代替・拡大コミュニケーションシステムである。アメリカのデラウェア州自閉症プログラムにおいて、自閉症の未就学児に対して実践され、その後、世界中に広まり、年齢や認知・身体・コミュニケーションの障害を問わず、多くの人々に活用されている。PECSの手続きは、応用行動分析(ABA)の理論に基づいており、特定のプロンプトや強化方法を活用してコミュニケーションを指導する。また、学習を促進するための系統的なエラー修正手続きも含まれている。言語による促しを用いないため、自発的なコミュニケーションを促し、対人依存を防ぐことができる。PECSは6つのフェイズ(段階)で構成されている。フェイズIでは、対象者が欲しいものを得るために絵カードを交換する方法を学ぶ。フェイズIIでは、異なる環境や相手とのやり取りを通じてスキルを般化し、持続的なコミュニケーション能力を身につける。フェイズIIIでは、複数の絵カードの中から正しいものを選択し、フェイズIVでは、文カードを用いて「〇〇をください」といった簡単な文章を構成する。フェイズVでは、「何が欲しいのか」といった質問にPECSを用いて応答し、フェイズVIでは、「何が見えるか」などの質問に答え、コメントするスキルを習得する。PECSの目標は、機能的なコミュニケーション能力の向上である。研究においては、PECSを使用することで発語が促進される事例や、音声出力装置(SGD)への移行が見られることが報告されている。PECSはエビデンスベースの指導法であり、その効果を実証する研究は多数発表されている。

私がPECSに取り組み始めたのは、言葉を持たない自閉症児を担当していた約20年前のことである。それまでは、スケジュールの視覚化など、彼らが環境を理解するためのTEACCHプログラムに代表される構造化支援に携わっていた。しかし、コミュニケーションにおいて最もストレスを感じるのは、自分の思いが伝わらないときである。海外旅行をした際、「コーク」と注文してもコーヒーが出てきた場合、飲めるからいいかと諦め続けるうちに、次第に卑屈になってしまう。絵付きのメニューがあれば指さして注文でき、助かった経験がある人も多いのではないか。言葉を持たない障害者が暴れることが少なくないのは、思いが通じないからだと考えれば納得できる。また、「何が欲しいの?」と聞かれない限り要求が実現しない環境では、常に援助者の言動を気にしなければならず、依存的にならざるを得ない。結果として、指示されるまで行動しないことが生きる術となってしまう。しかし、コミュニケーションは要求ができればよいというものではない。私たちの日常会話のほとんどはコメントで満たされている。「梅が咲いたね」「今日は寒いね」「いい天気だね」といった何気ないやり取りこそが、対人関係を築く上で重要な役割を果たす。障害の重い人が同じレベルでコミュニケーションを取れるかは分からないが、PECSはフェイズVIまでのトレーニングを通じてコメントの表出を目指している。自分の発したコメントに「そうだね」「おもしろいね」「悲しいね」と返してもらうことで、人は安心し、絆を深めることができる。障害が重いからといってフェイズIVで止まらず、ぜひフェイズVIまで取り組んでほしいと思う。

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