ディープフェイクの時代 ― 2025年05月26日
NHKスペシャル「創られた“真実” ディープフェイクの時代」を再放送で観た。正直、背筋が凍った。生成AIが生み出すディープフェイク技術をテーマにしたドラマ兼ドキュメンタリーで、どこまで日本の現実に近いのかは分からないが、少なくとも中国や欧米では現実の脅威として深刻な問題になっているという。番組は実際に世界各地で起きた事件をもとに構成されており、ストーリー仕立てで倫理観を揺さぶる。主演は青木崇高、妻役を入山法子が演じ、ギャラクシー賞2025年3月度月間賞を受賞した。物語は、ある保険会社で起きた大規模な顧客情報漏洩事件をきっかけに始まる。同時期、社員の佐藤真奈美が自殺。夫の晃と妹の洋子が真相を追ううち、ディープフェイク技術を開発するベンチャー企業の関与が明らかになる。晃はその企業に入社し、精巧な技術に驚きつつ、亡き妻のアバターを再現する。しかし次第に、現実と虚構の境界で深い葛藤を抱えていく。
筆者も、AI映像といえば映画業界でのストライキ問題くらいしか知らなかった。しかし、ドキュメンタリーのようにAIが実在の映像や音声を再構成し、あたかも亡くなった人がリモート会議で語りかけてくるという技術が、既に一部で実用化されていることには驚きを禁じ得なかった。中でも衝撃的だったのは、商談の場にいる相手が、実はすべてSNSやホームページを元に生成されたアバターだったという展開だ。本物は自分だけ。そんな未来が「あり得る話」として描かれ、それが荒唐無稽に思えない時代に私たちは生きている。ディープフェイクの問題は、単に技術の高度化だけではない。発信源の特定が極めて困難で、詐欺摘発を困難にしている点にもある。オレオレ詐欺のような“匿流(匿名・流動型)”犯罪どころの話ではない。もしディープフェイクが悪意ある手に渡れば、情報弱者はひとたまりもない。リモートは便利だ、と喜んでばかりもいられない。今や「映っているから信じられる」時代は終わったのかもしれない。
筆者も、AI映像といえば映画業界でのストライキ問題くらいしか知らなかった。しかし、ドキュメンタリーのようにAIが実在の映像や音声を再構成し、あたかも亡くなった人がリモート会議で語りかけてくるという技術が、既に一部で実用化されていることには驚きを禁じ得なかった。中でも衝撃的だったのは、商談の場にいる相手が、実はすべてSNSやホームページを元に生成されたアバターだったという展開だ。本物は自分だけ。そんな未来が「あり得る話」として描かれ、それが荒唐無稽に思えない時代に私たちは生きている。ディープフェイクの問題は、単に技術の高度化だけではない。発信源の特定が極めて困難で、詐欺摘発を困難にしている点にもある。オレオレ詐欺のような“匿流(匿名・流動型)”犯罪どころの話ではない。もしディープフェイクが悪意ある手に渡れば、情報弱者はひとたまりもない。リモートは便利だ、と喜んでばかりもいられない。今や「映っているから信じられる」時代は終わったのかもしれない。
しあわせは食べて寝て待て ― 2025年05月18日
NHKドラマ10の新作『しあわせは食べて寝て待て』は、桜井ユキ主演のドラマで、同名漫画を原作とし、4月に放送が開始された。38歳独身の麦巻さとこが主人公で、彼女は膠原病を患い、キャリアウーマンの道を諦め、週4日のパート勤務に切り替えざるを得なくなる。収入減により引っ越しを決めた彼女は、団地の内見で美山鈴(加賀まりこ)や、薬膳料理が得意な羽白司(宮沢氷魚)と出会い、物語が展開していく。このドラマはSNSで大きな話題となり、第1話の「NHKプラス」視聴数が、大河ドラマや朝ドラを除くNHKドラマ史上最高を記録した。派手な演出こそないものの、等身大の主人公の姿をリアルに描き、多くの視聴者の共感を集めている。病気を抱えながらも日常を受け入れる姿勢や、お金の問題で思うような生活ができない現実がリアルに描かれ、視聴者は物語に引き込まれる。リアリティと共感を呼ぶストーリー展開が、多くのファンを生み、ドラマの人気を高めている。
最近のNHKドラマは、派手な起伏が少ないからこそ共感を呼ぶ。いわゆる昔のドタバタ風ホームドラマへの回帰ではなく、誰もが体験し得る、日常の中のちょっとした変化を丁寧に描く。団地と老人が登場するのもお決まりで、そこに若者や中年が混じり込んでいく展開が、安心感をもたらし、リラックスして視聴できるのが魅力だ。昨年のドラマ『団地のふたり』も今回と同じく、東久留米の「滝山団地」で撮影され、小泉今日子と小林聡美演じる幼馴染のアラフィフ独身女性を中心に、ほっこりとした物語が展開する。こちらは二人を取り巻く高齢化問題が主軸となるが、基本的には団地という空間の心地よさを描く。団地暮らしの視聴者にとっては、共感できる部分が多い。
『しあわせは食べて寝て待て』では、中年独身女性の生活が描かれ、団地では住民同士が気軽に声をかけ合う姿が、都会のマンション暮らしの孤独との対比として表現され、「幸せ」の在り方を暗示している。高齢化率30%以上の団地の割合は、全体では3割程度だが、滝山団地のように入居開始から40年以上経過した団地では、60%近くが高齢者となっている(国土交通省「持続可能なまちづくりに向けた住宅団地再生の手引き/2022年」より)。今回のドラマでは、住民が12年に1回の大規模改修を経て、「次は建て替えか」と考え始める様子が描かれている。12年後には生きているかどうかもわからない高齢者にとって、建て替え問題は深刻だ。それでも一人で生きていこうとする次世代の団地住民にとって、「幸せとは何か」という問いが投げかけられる点が、作品の大きな魅力だ。
最近のNHKドラマは、派手な起伏が少ないからこそ共感を呼ぶ。いわゆる昔のドタバタ風ホームドラマへの回帰ではなく、誰もが体験し得る、日常の中のちょっとした変化を丁寧に描く。団地と老人が登場するのもお決まりで、そこに若者や中年が混じり込んでいく展開が、安心感をもたらし、リラックスして視聴できるのが魅力だ。昨年のドラマ『団地のふたり』も今回と同じく、東久留米の「滝山団地」で撮影され、小泉今日子と小林聡美演じる幼馴染のアラフィフ独身女性を中心に、ほっこりとした物語が展開する。こちらは二人を取り巻く高齢化問題が主軸となるが、基本的には団地という空間の心地よさを描く。団地暮らしの視聴者にとっては、共感できる部分が多い。
『しあわせは食べて寝て待て』では、中年独身女性の生活が描かれ、団地では住民同士が気軽に声をかけ合う姿が、都会のマンション暮らしの孤独との対比として表現され、「幸せ」の在り方を暗示している。高齢化率30%以上の団地の割合は、全体では3割程度だが、滝山団地のように入居開始から40年以上経過した団地では、60%近くが高齢者となっている(国土交通省「持続可能なまちづくりに向けた住宅団地再生の手引き/2022年」より)。今回のドラマでは、住民が12年に1回の大規模改修を経て、「次は建て替えか」と考え始める様子が描かれている。12年後には生きているかどうかもわからない高齢者にとって、建て替え問題は深刻だ。それでも一人で生きていこうとする次世代の団地住民にとって、「幸せとは何か」という問いが投げかけられる点が、作品の大きな魅力だ。
アドレセンス ― 2025年05月04日
Netflixの『アドレセンス(思春期)』は、3月に配信が始まったイギリス発のクライムドラマで、その評判を聞いて視聴した。物語は、13歳の少年ジェイミーが同級生ケイティ殺害の容疑で逮捕される場面から始まる。ごく普通の家庭に暮らしていた少年が突然警察に連行され、家族や周囲の人々に大きな衝撃を与える。ジェイミーは当初、容疑を否認するが、監視カメラの映像によって犯行が明るみに出る。事件の真相を巡って、刑事、心理士、家族など、それぞれの視点から物語が展開される。現代社会における少年犯罪、SNSの影響、思春期の葛藤、家庭の崩壊、ミソジニー(女性嫌悪)や有害な男らしさといったテーマが浮き彫りになる。ジェイミーは少年院で心理士のアリストンと対話を重ね、自らの内面と向き合い始める。全編ワンカットで撮影された演出は、登場人物の緊張感や動揺、事件の真相に迫る過程をリアルタイムで描き出し、その場に立ち会っているかのような没入感を生み出していた。主演のオーウェン・クーパーは、本作がデビュー作とは思えないほど、無垢さと狂気が交錯する難役を見事に演じていた。このシリーズは、どこにでもある家庭に起こりうる“最悪の悪夢”を描き、視聴者に深い問いを投げかける作品となっている。
イギリスのスターマー首相は、自身の子どもたちとともにこの作品を視聴したと述べ、「現代社会の課題を乗り越え、有害な影響から若者を守るには、オープンな対話が不可欠だ」と発言。英国議会でもこの作品が議題となり、中学校での教育活用が決定されたという。劇中、中学校の捜査シーンでは、情報提供を丁寧に求める刑事に対して、生徒たちが茶化したり激しく罵倒したりする様子が描かれる。これが実際の英国の中学校の現状だとすれば、非常に悩ましい。しかし、警察が子どもであっても誠実に対応し、証拠がそろっていてもなお動機を丁寧に捜査していく姿勢には好感が持てた。また、刑事がSNS上の若者の隠語(キャラクター)を息子に教えてもらうことで、ジェイミーが被害者や同級生からいじめを受けていたことに気づく展開も、現代的で印象的だった。
ミソジニーや誤ったジェンダー意識が思春期の男子に与える影響を描いた作品だという批評も多いが、それを一般化するのはやや飛躍があるように感じた。むしろ、行き過ぎた多様性・ジェンダー教育が子どもたちに与える影響のほうが、より深刻なのではないかとも考えさせられた。スターマー首相の発言の背景には、若者がインターネット上の有害な情報に惑わされることなく、健全な価値観を持てるようにという意図があるのだろう。『アドレセンス』は、子どもの価値観形成にとってどのような環境が必要かを改めて問いかける作品であった。
イギリスのスターマー首相は、自身の子どもたちとともにこの作品を視聴したと述べ、「現代社会の課題を乗り越え、有害な影響から若者を守るには、オープンな対話が不可欠だ」と発言。英国議会でもこの作品が議題となり、中学校での教育活用が決定されたという。劇中、中学校の捜査シーンでは、情報提供を丁寧に求める刑事に対して、生徒たちが茶化したり激しく罵倒したりする様子が描かれる。これが実際の英国の中学校の現状だとすれば、非常に悩ましい。しかし、警察が子どもであっても誠実に対応し、証拠がそろっていてもなお動機を丁寧に捜査していく姿勢には好感が持てた。また、刑事がSNS上の若者の隠語(キャラクター)を息子に教えてもらうことで、ジェイミーが被害者や同級生からいじめを受けていたことに気づく展開も、現代的で印象的だった。
ミソジニーや誤ったジェンダー意識が思春期の男子に与える影響を描いた作品だという批評も多いが、それを一般化するのはやや飛躍があるように感じた。むしろ、行き過ぎた多様性・ジェンダー教育が子どもたちに与える影響のほうが、より深刻なのではないかとも考えさせられた。スターマー首相の発言の背景には、若者がインターネット上の有害な情報に惑わされることなく、健全な価値観を持てるようにという意図があるのだろう。『アドレセンス』は、子どもの価値観形成にとってどのような環境が必要かを改めて問いかける作品であった。
新幹線大爆破 ― 2025年04月28日
1975年に東映が制作した『新幹線大爆破』が、現代版として『シン・ゴジラ』の樋口真嗣監督によって、Netflixでリメイクされた。本作の物語は、新青森から東京へ向かう新幹線「はやぶさ60号」に仕掛けられた爆弾を巡る。爆弾は時速100キロを下回ると爆発する仕組みとなっており、車掌をはじめとする乗務員たちが乗客を守るために奮闘する。犯人は1000億円を要求し、鉄道会社、政府、警察をも巻き込んだ攻防戦が展開される。主人公・高市役を草彅剛が演じ、細田佳央太、のん、尾野真千子、斎藤工など、人気俳優たちが出演。撮影にはJR東日本の特別協力を得て、実際の新幹線車両や施設が使用された。1975年の東映版では、新幹線爆破という設定が国鉄(当時)のイメージダウンにつながる懸念から、国鉄の協力を一切得られなかったという。東映版は高倉健をはじめ有名俳優を多数起用し、5億円以上(現在の貨幣価値に換算して約10~20億円)を投じて制作されたが、日本国内ではヒットせず、むしろ海外で高い評価を受けた。今回のリメイクでは、製作費は20億円では足りなかっただろうと推測されている。犯人役が東映版では大御所・高倉健だったのに対し、今回は新人女優が起用された点には不満も残る。しかし、新幹線爆破とそれに対抗するギミックを、VFXを駆使してふんだんに描いた本作は、鉄道ファンにも満足できる内容となっていた。
東映版もNetflixで配信されていたため視聴した。この映画に限らず、昭和時代の邦画は俳優のセリフが一本調子に感じられ、耳についてしまう。当時の録音技術では小さな声を拾うのが難しかったため、セリフから細やかな感情を読み取ることが難しく、サスペンスものには不向きだったのかもしれない。新幹線の車両切り離しは、Netflix版の大きな見どころとなっている。東映版のほうでは車両の切り離しは設計上あり得ないと否定していたが、つい最近、新幹線の運転車両同士の切り離し事故が2度もあったわけだから車両の切り離しは技術的には不可能ではないのだろう。東映版では、車両下の爆弾起爆コードを切断することで危機を乗り越えるが、Netflix版では線路の切り替え操作によって爆弾車両を物理的に切り離す、ド派手なアクションシーンに仕上げられている。東映版は、孤高の存在となった高倉健演じる主人公が、クライマックスで撃たれるまでを丁寧に描き、人間ドラマを重視した印象だ。ただし、昭和映画では警官がやたらと発砲するシーンが多く、爆弾犯一味の山本圭も逃走中にかなり遠距離から足を撃たれる場面があるが、「そう簡単に当たるだろうか」とツッコミたくなる。東映版は何よりも高倉健の存在感を前面に押し出し、Netflix版は新幹線アクションを前面に押し出すという違いが際立っており、それぞれの時代背景を映す作品となっていて興味深かった。
東映版もNetflixで配信されていたため視聴した。この映画に限らず、昭和時代の邦画は俳優のセリフが一本調子に感じられ、耳についてしまう。当時の録音技術では小さな声を拾うのが難しかったため、セリフから細やかな感情を読み取ることが難しく、サスペンスものには不向きだったのかもしれない。新幹線の車両切り離しは、Netflix版の大きな見どころとなっている。東映版のほうでは車両の切り離しは設計上あり得ないと否定していたが、つい最近、新幹線の運転車両同士の切り離し事故が2度もあったわけだから車両の切り離しは技術的には不可能ではないのだろう。東映版では、車両下の爆弾起爆コードを切断することで危機を乗り越えるが、Netflix版では線路の切り替え操作によって爆弾車両を物理的に切り離す、ド派手なアクションシーンに仕上げられている。東映版は、孤高の存在となった高倉健演じる主人公が、クライマックスで撃たれるまでを丁寧に描き、人間ドラマを重視した印象だ。ただし、昭和映画では警官がやたらと発砲するシーンが多く、爆弾犯一味の山本圭も逃走中にかなり遠距離から足を撃たれる場面があるが、「そう簡単に当たるだろうか」とツッコミたくなる。東映版は何よりも高倉健の存在感を前面に押し出し、Netflix版は新幹線アクションを前面に押し出すという違いが際立っており、それぞれの時代背景を映す作品となっていて興味深かった。
119エマージェンシーコール ― 2025年04月02日
「119番、消防です。火事ですか? 救急ですか?」消防局の通信指令センターでは、119番の緊急通報に応答し、適切に救急車や消防車の出動を指令する指令管制員たちが、一本の電話で命をつなぐ最前線に立っている。先月末に放送が終了した「119エマージェンシーコール」は、さまざまなスキルを持つ消防・救急のスペシャリスト集団である指令管制員たちの活躍を描いたオリジナルストーリーだ。救急を題材としたドラマには、「コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-」や「救命病棟24時」、最近では「TOKYO MER~走る緊急救命室~」などがあり、リアルな救急医療の描写と感動的なストーリー展開で高視聴率を誇る。しかし、今回のドラマは手術や災害現場の状況をほとんど映し出さず、通報者と管制員の通話を中心に物語が進行するという点が新鮮で、視聴者の想像力を引き出す構成となっている。不思議なことに、視聴を続けるうちに、いつの間にか管制員や通報者の立場に寄り添い、彼らを応援している自分に気がつく。
主人公の新人指令管制員・粕原雪を演じるのは清野菜名。フジテレビのドラマでは初主演であり、月9枠でも初主演。さらに、意外にもゴールデン帯ドラマの主演は今回が初となる。清野菜名は、映画「キングダム」シリーズ(2019~)において、「キングダム2 遥かなる大地へ」(2022)から飛信隊副長・羌瘣(きょうかい)役を演じ、アイドルスターではなくアクションスターとしても注目を集めた。今回のドラマでは、新人管制員として奮闘し、上司や先輩に励まされながら成長する姿を見せる。劇中では、彼女の特技として背景音や人物の声を特定する能力が描かれるが、これは物語の本質とは関係が薄く、やや不要に感じられた。しかし、それを差し引いても、管制員の使命感やひたむきな姿勢が彼女の演技を通してよく伝わってきた。このドラマの制作経緯は公にはされていないが、NHKが以前放送した同名のドキュメンタリー番組に触発された可能性がある。人命を救うためにバックヤードで働く人々に光を当て、その支えによって救命に協力する市民の姿を描いた、秀逸な作品であった。
主人公の新人指令管制員・粕原雪を演じるのは清野菜名。フジテレビのドラマでは初主演であり、月9枠でも初主演。さらに、意外にもゴールデン帯ドラマの主演は今回が初となる。清野菜名は、映画「キングダム」シリーズ(2019~)において、「キングダム2 遥かなる大地へ」(2022)から飛信隊副長・羌瘣(きょうかい)役を演じ、アイドルスターではなくアクションスターとしても注目を集めた。今回のドラマでは、新人管制員として奮闘し、上司や先輩に励まされながら成長する姿を見せる。劇中では、彼女の特技として背景音や人物の声を特定する能力が描かれるが、これは物語の本質とは関係が薄く、やや不要に感じられた。しかし、それを差し引いても、管制員の使命感やひたむきな姿勢が彼女の演技を通してよく伝わってきた。このドラマの制作経緯は公にはされていないが、NHKが以前放送した同名のドキュメンタリー番組に触発された可能性がある。人命を救うためにバックヤードで働く人々に光を当て、その支えによって救命に協力する市民の姿を描いた、秀逸な作品であった。
リーチャー〜正義のアウトロー〜 ― 2025年03月29日
久しぶりにアメリカのドラマを24話一気見した。Amazon Prime Videoのドラマシリーズ『リーチャー 〜正義のアウトロー〜』だ。主人公は、軍警察の特別捜査官として数々の功績を挙げたジャック・リーチャー。退役後は自由を求め、愛用の歯ブラシと少量の現金だけを携えて旅を続けている。しかし、その旅の途中、身に覚えのない殺人容疑をかけられ逮捕されるという予期せぬ事態に巻き込まれる。誰にも迷惑をかけることなく静かに旅を続けていたリーチャーだが、行く先々で思いもよらぬ事件に巻き込まれていく。その受難と困難に立ち向かう姿を、多彩なエピソードを通じて描き出すドラマだ。トム・クルーズ主演の映画版も面白かったが、こちらの方が断然面白い。何しろ、リーチャーの無双ぶりが半端なく、肉体美も素晴らしい。絶対に死なないリーチャーは、どんな危機でも蘇るロボコップのような存在だ。元軍警察の仲間たちも、リーチャー少佐を心から信頼し、命を顧みずに援助する姿が、浪花節的で好感が持てる。米国人の軍人に対する敬意も感じられる。軍警察でも何でもない放浪者となった彼は、巨悪に対しては、一切容赦しない。正義とはいえ、殺戮や違法行為を辞さないヒーロー像は、日本映画では時代劇に限られ、現代劇ではなかなか描きにくい領域かもしれない。
本作は、英作家リー・チャイルドによる小説『ジャック・リーチャー』シリーズを原作としており、世界的に高い人気を誇る。アラン・リッチソン主演のテレビドラマ版は、Prime Videoで最も視聴された作品のひとつとなり、批評家からも高評価を得ている。映画版『アウトロー』(2012年)および『ジャック・リーチャー NEVER GO BACK』(2016年)はトム・クルーズ主演で公開されたが、原作の主人公像との違いから賛否が分かれ、現在はドラマ版がシリーズの主軸となった経緯がある。リー・チャイルドは映画化された作品への再訪にも意欲を示しているが、同時に配信ドラマの「尺の長さ」を高く評価し、「原作を忠実に映像化するにはテレビシリーズが最適」と語っている。複数エピソードで構成される配信シリーズでは、小説の細部や感情表現をより深く掘り下げることが可能であり、チャイルド自身、「これからは映画より配信シリーズを選ぶ作家が多くなるだろう」と述べている。『リーチャー 〜正義のアウトロー〜』は、すでにシーズン4の制作が進行中で、今後の展開が楽しみだ。
本作は、英作家リー・チャイルドによる小説『ジャック・リーチャー』シリーズを原作としており、世界的に高い人気を誇る。アラン・リッチソン主演のテレビドラマ版は、Prime Videoで最も視聴された作品のひとつとなり、批評家からも高評価を得ている。映画版『アウトロー』(2012年)および『ジャック・リーチャー NEVER GO BACK』(2016年)はトム・クルーズ主演で公開されたが、原作の主人公像との違いから賛否が分かれ、現在はドラマ版がシリーズの主軸となった経緯がある。リー・チャイルドは映画化された作品への再訪にも意欲を示しているが、同時に配信ドラマの「尺の長さ」を高く評価し、「原作を忠実に映像化するにはテレビシリーズが最適」と語っている。複数エピソードで構成される配信シリーズでは、小説の細部や感情表現をより深く掘り下げることが可能であり、チャイルド自身、「これからは映画より配信シリーズを選ぶ作家が多くなるだろう」と述べている。『リーチャー 〜正義のアウトロー〜』は、すでにシーズン4の制作が進行中で、今後の展開が楽しみだ。
『TRUE COLORS』 ― 2025年03月08日
1月から全9話で放送された『TRUE COLORS』は、源孝志の小説『わたしだけのアイリス』を原作とし、脚本・演出も本人が手がけた。東京・天草・イタリアを舞台に展開するロードムービーである。突然、眼の難病に襲われたファッションフォト界のトップフォトグラファーであるヒロインが、徐々に色覚を失っていく苦境の中で「本当に美しい “色” とは何か?」を探し求める再生の物語。4Kテレビを持っていて良かったと初めて思うほど、天草の海の美しさが存分に映し出される。天草には3年前の秋に旅したことがある。ロケ地となった崎津教会は、重厚なゴシック様式の天主堂で、集落の中心地に位置する。チャペルの鐘展望公園から眺めると、河浦湾に浮かぶように見えることから「海の天主堂」とも呼ばれている。堂内は国内でも珍しい畳敷きで、鮮やかなステンドグラスから優しい光が差し込んでいた。ドラマでは、この教会と周辺の静かな青い海が何度も繰り返し映し出される。物語は、高校生の主人公(倉科カナ)が、父の船と商船が衝突した事故によって、航海士(渡辺謙)と自分の母親が結ばれることに耐えられず、天草を後にするところから始まる。しかし、難病が発覚し、東京でのすべてを投げ出して故郷へ戻ることになる。
初恋の幼馴染の勧めで父に会い、「母と再婚したのは哀れみか」と問いただす主人公。父の「惚れたからに決まっとる」という言葉にハッと我に返る。そして、あれほど嫌っていた母と再会する決意をし、カメラに母の姿を収めるシーンは胸が熱くなる。すべてを許した主人公は、父の船に乗って熊本へ向かう。そのとき、幼馴染の漁船がいつの間にか追いかけてきて、「海咲〜! こん色ば心に刻み込めーっ!」と絶叫する。さらに、仲間の漁船が大漁旗を掲げ、主人公の再起を励ますかのように船団を組んで並走するシーンは、涙なしには見られない。天草の青い海の映像に合わせ静かにシンディ・ローパーの『TRUE COLORS』が流れ出す。
この世界が貴方をおかしくなるほどギリギリのところまで
追い詰めてしまっているのなら
私に助けを求めて欲しいの
私ならずっとそばにいてあげるから
本当の貴方の色を取り戻してあげられる
光をもう一度見出してあげられるわ
奥に眠っている本当の貴方が
私は大好きでたまらないの
自分らしく生きることを恐れる必要なんてどこにもないわ
本当の貴方の姿は
虹のように周りの人を魅了するのよ、本当に美しいわ
美しいドラマだった。
初恋の幼馴染の勧めで父に会い、「母と再婚したのは哀れみか」と問いただす主人公。父の「惚れたからに決まっとる」という言葉にハッと我に返る。そして、あれほど嫌っていた母と再会する決意をし、カメラに母の姿を収めるシーンは胸が熱くなる。すべてを許した主人公は、父の船に乗って熊本へ向かう。そのとき、幼馴染の漁船がいつの間にか追いかけてきて、「海咲〜! こん色ば心に刻み込めーっ!」と絶叫する。さらに、仲間の漁船が大漁旗を掲げ、主人公の再起を励ますかのように船団を組んで並走するシーンは、涙なしには見られない。天草の青い海の映像に合わせ静かにシンディ・ローパーの『TRUE COLORS』が流れ出す。
この世界が貴方をおかしくなるほどギリギリのところまで
追い詰めてしまっているのなら
私に助けを求めて欲しいの
私ならずっとそばにいてあげるから
本当の貴方の色を取り戻してあげられる
光をもう一度見出してあげられるわ
奥に眠っている本当の貴方が
私は大好きでたまらないの
自分らしく生きることを恐れる必要なんてどこにもないわ
本当の貴方の姿は
虹のように周りの人を魅了するのよ、本当に美しいわ
美しいドラマだった。
ホットスポット ― 2025年03月04日
最近のドラマで注目しているのは「ホットスポット」だ。山梨県の町で暮らすシングルマザー遠藤清美(市川実日子)は、ビジネスホテルで働きながら娘を育てる平凡な日々を送っていた。職場の人間関係は良好で、幼馴染との食事がささやかな楽しみ。そんなある日、自転車で帰宅途中に交通事故に遭いかけた清美は、自称「宇宙人」に命を救われる。この秘密を幼馴染に打ち明けたことをきっかけに、清美の平凡な日常が少しずつ変わり始める。宇宙人と共に地元の平和を守り、ひそかに奇跡を起こしていく予測不能なコメディードラマだ。
脚本は人生やり直しドラマの「ブラッシュアップライフ」で株を上げてきたバカリズム。セリフの一つ一つが非ドラマ的でフツーなのが良い。超フツーの日常に宇宙人や未来人をぶっこんできて、それをキャストら全員がゆるーく対応するのが面白くて仕方がない。特にフロントマン役の高橋さん(角田晃広)が良い。東京03をドラマに持ち込んできて、キャスト全員で楽しんでいる感が満載だ。つまりおバカなゆるい演技を楽しむキャスト達を視聴者が楽しむという新しいジャンルのドラマなのかもしれない。今週からは未来人の登場で目が離せない。
脚本は人生やり直しドラマの「ブラッシュアップライフ」で株を上げてきたバカリズム。セリフの一つ一つが非ドラマ的でフツーなのが良い。超フツーの日常に宇宙人や未来人をぶっこんできて、それをキャストら全員がゆるーく対応するのが面白くて仕方がない。特にフロントマン役の高橋さん(角田晃広)が良い。東京03をドラマに持ち込んできて、キャスト全員で楽しんでいる感が満載だ。つまりおバカなゆるい演技を楽しむキャスト達を視聴者が楽しむという新しいジャンルのドラマなのかもしれない。今週からは未来人の登場で目が離せない。
東京サラダボウル ― 2025年01月30日
ドラマ「東京サラダボウル」は、東京を舞台に多文化共生やアイデンティティの多様性を描いた漫画を原作にした作品だ。登場人物が、異文化の価値観を持ちながら交差し、現代社会の縮図を映し出す。本作の特徴は、多国籍なキャラクターが直面する葛藤や困難をリアルに描いている点にある。例えば、日本文化に慣れない外国人の孤独や、国際結婚における文化の衝突など、共感を呼ぶテーマが多く盛り込まれている。また、東京の夜景や多文化が融合する街並みがカラフルに描かれ作品の世界観を引き立てる。本作は、多文化共生を真正面から扱い、異なる文化が交わることで生じる摩擦や理解の難しさを丁寧に描いている。特に、登場人物たちが抱えるアイデンティティの悩みが深く掘り下げられており、視聴者に「自分らしさとは何か」を考えさせる。主人公だけでなく外国人キャラクターも自国文化とグローバルな視点の間で葛藤している丁寧なキャラクター描写で深い余韻が残る作品となっている。
多文化共生をテーマにした最近のドラマでは2023年のNHKドラマ「やさしい猫」がある。これは結婚に絡むオーバーステイを可哀そうという視点だけで描き共感できなかった。今回はオーバーステイや犯罪を正面から描いているので違和感はない。奈緒が演じる鴻田麻里はミドリ髪が目を惹く東新宿署・国際捜査係のぶっ飛び警察官。松田龍平が演じる有木野了は警視庁・通訳センターの元警官の陰キャの中国語通訳人だが、二人のコントラストがとても良い。出演する外国人役も本当の外国人俳優でリアルな演技が目を引く。漫画は突然5巻で完結になったらしいが、ドラマはまだ序盤で、目が離せない。
多文化共生をテーマにした最近のドラマでは2023年のNHKドラマ「やさしい猫」がある。これは結婚に絡むオーバーステイを可哀そうという視点だけで描き共感できなかった。今回はオーバーステイや犯罪を正面から描いているので違和感はない。奈緒が演じる鴻田麻里はミドリ髪が目を惹く東新宿署・国際捜査係のぶっ飛び警察官。松田龍平が演じる有木野了は警視庁・通訳センターの元警官の陰キャの中国語通訳人だが、二人のコントラストがとても良い。出演する外国人役も本当の外国人俳優でリアルな演技が目を引く。漫画は突然5巻で完結になったらしいが、ドラマはまだ序盤で、目が離せない。
天狗の台所 ― 2025年01月17日
『天狗の台所』は田中相による2021年発表の漫画で、2023年にBS-TBSでドラマ化され、Netflixでも配信されている作品。ニューヨーク育ちの少年オンは、自分が天狗の末裔であると両親から知らされ、14歳の1年間を日本で兄・飯綱基と隠遁生活を送る。特別な力を持たない兄弟の生活は、素朴な日々や食を中心に進み、オンも次第に季節の暮らしを楽しむようになる。1年後、オンは地元の人々の前で基と舞を披露し、日本を去る。シーズン2では、オンが再び日本を訪れる。仕事中心の両親に不満を抱いたオンは、母のカードを使い夏休みに基と再会。オンは母からカードを止められ、帰国費用を自分で稼ぐよう命じられる。そして、オンの2度目の日本での田舎暮らしが描かれる。最近のドラマは癒し系が増えてきたように思う。青空と田園のゆったりした映像、細かな所作を描く料理、折坂悠太のけだるいテーマソングのどれも良い。筋書きは飯づくり中心の生活を淡々と丁寧に描くだけだがそこが良い。
天狗の末裔に関わる話や村人との交流はアクセント程度のものでうるさくない。オンと寡黙な基が自前で作る美味い飯を食するときの笑顔だけがうれしい。最近の食い物ドラマでは、孤独のグルメ、深夜食堂、下山飯などが人気だが天狗の台所は田舎暮らしの中で兄弟で作る飯というのが良い。描き方はリトルフォレストに似ているという評が多いが、映画ということもあって橋本愛がクローズアップされすぎて田舎暮らしが背景に回った感があるように覚えている。奇をてらったドラマ漬けでうんざりしている自分には一服の清涼となるドラマだった。
天狗の末裔に関わる話や村人との交流はアクセント程度のものでうるさくない。オンと寡黙な基が自前で作る美味い飯を食するときの笑顔だけがうれしい。最近の食い物ドラマでは、孤独のグルメ、深夜食堂、下山飯などが人気だが天狗の台所は田舎暮らしの中で兄弟で作る飯というのが良い。描き方はリトルフォレストに似ているという評が多いが、映画ということもあって橋本愛がクローズアップされすぎて田舎暮らしが背景に回った感があるように覚えている。奇をてらったドラマ漬けでうんざりしている自分には一服の清涼となるドラマだった。