バンクシーの正体2026年03月17日

バンクシーの正体
覆面芸術家バンクシーの正体を、ロイター通信が「ロビン・ガニンガム氏」と特定したとする報道が世界を駆け巡った。2008年にも同様の指摘はあったが、今回は米国での逮捕資料を入手し、署名や供述内容などから裏付けたという。だが当のバンクシー側は多くを認めず、匿名性こそが権力に真実を語るための条件だと突き放した。この応酬そのものが、彼の作品の核心を改めて浮かび上がらせている。

バンクシーの匿名性は、単なる身元の秘匿ではない。政治的自由、法的防御、市場批判、そして神話性――それらを同時に成立させるための、周到に設計された装置である。反戦、反資本主義、監視社会批判。彼の作品はつねに権力の急所を突いてきた。もし実名で活動すれば、逮捕や監視のリスクは跳ね上がり、作品は検閲の網に絡め取られるだろう。無許可で壁に描くという行為そのものが制度への批評であり、公共空間の所有を問い直すメッセージでもある。今回明らかになった2000年のニューヨークでの逮捕歴は、その緊張関係を象徴する出来事と言える。

制作の手法もまた、匿名性を守るために組織化されている。ステンシルを事前に作り込み、現場では5〜20分ほどで一気に仕上げ、証拠を残さず撤収する。そして後日、公式認証機関「ペスト・コントロール」が真贋を保証する。壁画そのものでは利益を得ず、版画や公式グッズが主な収入源となる。匿名のまま作品を流通させ、市場まで成立させる。この奇妙な仕組みは、アートが資本と結びつく現代の構造そのものを、内側から皮肉っているかのようでもある。

興味深いのは、こうした「無許可の政治的アート」が国によってまったく異なる受け止め方をされる点だ。英国では、一般の落書きは治安悪化の象徴として嫌われる一方、バンクシーの作品は風刺文化と反権力精神の象徴として歓迎されることも多い。市民が作品を保護し、観光資源として誇りにすら感じる例もある。しかし行政にとっては無許可の落書きであることに変わりはない。消せば批判され、残せば模倣を招く。いわば「違法だが文化財」という矛盾の中で扱われているのである。

欧州ではストリートアートを都市文化として受け入れる傾向が比較的強く、作品が街のアイデンティティとして保存される例も少なくない。米国では市民の支持と行政の規制が併存し、日本では関心こそ高いものの、制度としてはなお厳しく拒まれる。壁に描かれた一枚の絵が、社会の公共観や権力観をあぶり出す。ストリートアートをめぐる反応は、その社会がどのような政治文化を持つかを映す鏡でもある。東京都港区の防潮扉に描かれていたネズミの絵は、バンクシーの作品だとされている。都知事はこれを即座に消すのではなく、むしろ保護する姿勢を示した。日本では一般的な落書きは厳しく排除される一方で、この作品だけは例外的に扱われた。そこには、単なる“落書き”ではなく、社会的メッセージを帯びたアートとしての価値を認める空気がわずかに芽生えているようにも見える。

結局のところ、ロイターの報道が示したのは、バンクシーの「正体」そのものではない。むしろ逆だ。正体を暴こうとするたびに、彼の作品の仕組みはより鮮明になる。匿名であること自体が、すでに一つの表現だからである。権力や市場がその仮面を剥がそうとするたびに、皮肉にもその作品は完成に近づいていく。バンクシーとは、一人の人物の名前というより、現代社会が生み出した一つの寓話なのかもしれない。

市バス料金でお茶を濁す市長2026年02月26日

市バス料金でお茶を濁す市長
京都市がオーバーツーリズム政策で打ち出したバス代の「市民優先価格」は、市民に寄り添う政策のように聞こえる。市バス運賃を観光客は350〜400円、市民は200円に据え置くという二重価格制である。だが、その仕組みを知れば、手放しで拍手する気にはなれない。市民割引のためにマイナンバーとICカードを紐づけ、全車両に新型精算機を導入するという。対象は市バス約800両。仮に1台数百万円としても、投資額は数十億円規模に膨らむ。市民かどうかを識別するために、そこまでの重装備が本当に必要なのか。

しかも不可解なのは、観光税導入に背をむけていることとの整合性である。2026年には宿泊税の大幅引き上げが決まっており、観光客が都市交通や観光地に与える負荷が大きいことはすでに明らかだ。それにもかかわらず、「宗教団体等の業界の反発」や「事務の煩雑さ」を理由に、入域料を含む観光税の本格導入には踏み込まない。しかし、世界ではすでに実例がある。ヴェネツィアでは観光客から入域料を事前徴収し、QRコードを発行して観光地で提示させる仕組みを成功させている。バルセロナでも宿泊税を段階的に引き上げ、観光負荷に応じた負担を求める制度を整えてきた。観光による外部負荷に対して相応の負担を求めることは、国際的には特別なことではない。むしろ、観光都市としての持続性を確保するための標準的な政策である。

それでも京都市は、観光税には踏み込まず、市バスの市民識別に巨費を投じようとしている。事前の入域QRコード発行の方がはるかに安価なシステムで済むにもかかわらずだ。理由は単純だ。観光税の導入は政治的に波風が立つ。寺社仏閣への協力はかつての拝観税で大騒ぎになったトラウマがあるからだ。だが、バス運賃は市の裁量で進めやすい。つまり“やりやすい方”を選んだだけである。しかし、朝の通勤時間に満員のバスに揺られる市民にとって、150円の価格差は救いにはならない。混雑の原因は観光客と市民が同じ路線に集中する構造そのものだ。価格差では行動は大きく変わらない。

むしろ観光地直行のシャトル路線を整備し、市民生活路線と分離すべきだ。料金を高めに設定すれば早期に投資回収は可能だろう。宿泊税強化と組み合わせれば、安定財源にもなる。技術的な識別システムより、構造的分離の方がはるかに合理的である。問われているのは精算機の性能ではない。観光公害の負担を誰が引き受けるのかという原則だ。マイナンバー連携という“技術的解決”に走る前に、観光都市としての覚悟を示すべきではないか。

京都市が持続可能な観光都市を本気で目指すなら、向き合うべきは市民識別の精度ではない。観光税や宿泊税の設計から逃げ続ける政治文化そのものだ。この矛盾にメスを入れない限り、「市民優先価格」は名ばかりのスローガンに終わる。

スカイツリー長すぎる夜2026年02月24日

スカイツリー長すぎる夜
もし自分がその箱の中にいたら──そう想像するだけで、背中が汗ばむ。東京スカイツリーのエレベーターが急停止し、約20人が5時間半、密室に取り残された。夜8時過ぎから深夜2時まで。ニュースは「トイレが心配」「精神的負担が大きい」と穏やかな言葉で伝えたが、実際にその空間にいた人々にとっては、時間はもっと重く、もっと長く流れただろう。密室で5時間。子どももいる。トイレはない。座る場所も限られ、行き先も見えない。ただ“待つ”という行為だけが課される。私たちはこれを、「安全のため」という一言で受け止めていいのだろうか。

スカイツリーのエレベーターは、安全装置を多重化し、「一つでも異常があれば動かさない」という思想で設計されている。理想的だ。だが急停止の瞬間から、制御盤、ブレーキ、センサーを一つずつ確認する慎重な手順が始まる。原因が完全に特定されるまで再稼働しない。完璧を目指す姿勢は誇るべきものだが、その時間を誰が引き受けているのかといえば、閉じ込められた乗客である。象徴的なのは“トイレ問題”だ。緊張で尿意が遠のく人もいるだろう。しかし5時間は長い。簡易設備があったとしても、それを使う心理的ハードルは低くない。「出せない」「出したくない」「もしも」という不安が、狭い空間の空気をさらに重くする。事故は起きていない。だが、安心とも言い切れない。隣のエレベーターからの救出も、簡単ではない。かごを完全停止させ、電源を落とし、ワイヤーの張力を確認し、床の高さをわずかな誤差で合わせる。渡り板を設置し、一人ずつ誘導する。安全を確保するための時間は、どうしても積み上がっていく。しかもそれは“最終手段”。まずは復旧を試みるのが原則である以上、救助は後回しになる。

結果として残ったのが「5時間半」という数字だ。全員が無事だったことは何よりである。しかし同時に、この国のインフラに染みついた“優等生主義”も浮かび上がる。安全を最優先にする。その理念は疑いようがない。だが、「完全に安全と確認できるまで動かさない」という設計思想が、利用者の体感時間や心理的負担をどこまで織り込んでいるのか。利用者にとっての安全とは、事故が起きないことだけではない。閉じ込められないこと、あるいは閉じ込められても迅速に解放されることもまた、安全の一部ではないか。物理的に無傷でも、5時間の密室は決して“軽い出来事”ではない。

今回の出来事は単なる機械トラブルではない。それは、「安全」という言葉のもとで思考が停止していないかを、私たちに問いかける出来事だった。安全と迅速さは、本当に両立できないのか。もし次にその箱の中にいるのが、自分自身だとしても――それでも私たちは、「仕方がない」と言い切れるだろうか。

纒向遺跡と紀元節2026年02月12日

纒向遺跡と紀元節
紀元節とは、明治政府が1873年に制定した「日本の建国を祝う日」である。根拠となったのは『日本書紀』に記された「神武天皇が辛酉年春正月朔に即位した」という記事であり、それを太陽暦に換算した日が2月11日と定められた。すなわち紀元節は、古代の神話的年代を近代国家の時間軸へ移し替え、国家の起点として固定した祝日だ。

記紀によれば、神武天皇は天照大神の子孫であり、父は鵜葺草葺不合命(うがやふきあえずのみこと) 、祖父は山幸彦、曾祖父は天孫邇邇芸命(てんそん・ににぎのみこと)とされる。しかしこの系譜は、史実の記録というより皇統の正統性を示すために編まれた神話的構造と理解されている。考古学的にも、即位年とされる紀元前660年に国家規模の政権が存在した確証はない。

だが、神武天皇を単なる作り話と断じるのもまた短絡である。崇神天皇(西暦250〜350年頃)以前の天皇については同時代史料がなく、記紀の年代設定も数百年さかのぼらせて構成され、寿命も百歳を超えるなど現実的とは言い難い。それでも、神武東征の道筋――九州から瀬戸内海を経て大和へ至る経路――は、3〜4世紀における政治勢力の移動と符合する。神話は虚構である前に、記憶の形式でもある。そこには初期王権成立の痕跡が折り重なっている可能性が高い。

この見方を具体的に裏づけるのが、先日公表された奈良県桜井市・纒向(まきむく)遺跡の最新調査成果である。大型建物跡や祭祀遺構に加え、吉備・九州・東海など広範な地域から搬入された土器群が確認された。纒向は孤立した集落ではなく、政治・祭祀・物流が結節する広域ネットワークの中心地であったとみられる。

さらに近接する箸墓(はしはか)古墳の周辺からは、古墳築造期と同時代に埋葬された従者層の墓も見つかり、箸墓が初期王権の象徴的王墓である可能性は一層高まった。纒向の都市的構造、箸墓の巨大規模、そして列島規模の交流網――これらは4世紀前半に大和政権が成立したことを強く示唆する。記紀が「崇神天皇の時代」として描く状況と重なる点も見逃せない。

このように考えるならば、神武天皇とは、特定の一個人というより、初期大王たちの記憶を統合し、王権の起源を象徴化した存在と理解するのが妥当であろう。とりわけ崇神天皇は「初めて国を治めた」と記紀が強調する人物で、年代的にも4世紀前半に位置づけられることから、神武像の有力な歴史的基層をなすと考えられる。

紀元節は、神話の単純な追認でも、史実の確定でもない。それは、神話と歴史が交差する一点を、近代国家が「起源」として選び取った政治的かつ文化的行為であった。建国とは、出来事そのもの以上に、それをどう物語るかによって形づくられる。神武天皇は実在の人物像というより、国家形成の長い過程を凝縮した記憶の結晶である。

紀元節をめぐる議論は、神話の真偽を争う問題にとどまらない。私たちが国家の始まりをどこに置き、どの物語を共有するのかという、より根源的な問いそのものなのである。今回の纒向発掘成果は、神話と歴史を対立させるのではなく、両者が響き合いながら立ち上がる日本の建国像を、いっそう具体的に照らし出している。建国記念の日を目の敵にする向きもあるが、実際にはその背後に、ロマンに満ちた考古学の世界が広がっている。国家の起源を辿る過程で、神話と遺跡が互いに補い合い、古代の姿が少しずつ立ち上がってくる。このような重層的な歴史体験ができる国は、世界でもそう多くない。日本は、国家のルーツを探ること自体が知的な冒険となる、きわめて興味深い国なのだ。

司馬遼太郎記念館2025年12月14日

司馬遼太郎記念館
近鉄奈良線・八戸ノ里駅を降りて、住宅街を歩くと突然現れるモダンな建物。それが司馬遼太郎記念館だ。安藤忠雄設計の打ちっぱなしのコンクリートは一見冷ややかだが、中に入ると空気が柔らかく変わる。目の前に立ちはだかるのは高さ11メートルの大書架。約2万冊の蔵書がずらりと並び、まるで知の壁に囲まれたような感覚になる。窓越しに覗ける司馬の書斎は、机の上に原稿用紙や万年筆が置かれ、今にも執筆が始まりそうな雰囲気を漂わせている。庭は雑木林風に造られ、雑多な街中とは思えない静けさ。ここに立つと、司馬が歴史を「人間の物語」として描いた理由が少しわかる気がする。

司馬史観と呼ばれる彼の歴史の見方は、幕末から明治期の近代化を「青春の物語」として描き、日本人の成長を肯定的に捉えた。坂本龍馬や秋山兄弟といった人物を通じて歴史を語り、多くの人に歴史の面白さを伝えた。しかし「近代化を美化しすぎている」「英雄中心主義だ」と批判も受けてきた。学術的には「歴史修正主義」とのレッテルを貼られることもある。だが記念館の静謐な空間に身を置くと、司馬が晩年にたどり着いた究極の人間観が浮かび上がる。彼が本当に伝えたかったのは、江戸期の商人の先見性でも富国強兵時代の軍人の戦略性でもなく、その基盤にある「思いやり」と「義侠心」だった。

書架の壁に貼られた『二十一世紀に生きる君たちへ』で司馬は、未来を生きる子どもたちに「歴史を友とし、他者をいたわり、支え合う心を持ってほしい」と語りかけている。戦後民主化の中で制度や権利は語られても、人間的な徳が欠落していることへの危惧を込めて。つまり司馬は民主化そのものを否定したのではなく、「民主化を人間的徳で支えなければ空洞化する」と警告した。批判者は近代化美化や英雄中心主義を問題視することはできても、この人間観には反しきれない。むしろ「歴史を学ぶことは人間性を育てること」という司馬のテーゼは、教育や社会において普遍的な価値を持ち続けている。

旅人としてこの記念館を訪れると、単なる文学館以上のものを感じる。歴史を物語として描いた作家の姿と、未来に託された「人間の心のあり方」が重なり合い、静かに問いかけてくる。君の旅の基盤にも、思いやりと義侠心はあるだろうか。司馬遼太郎記念館は、旅人に静かな問いを投げかけ続けている。

京都路面電車(LRT)導入構想2025年11月15日

京都路面電車(LRT)導入構想
京都商工会議所が「次世代型路面電車(LRT)」の導入構想を再び打ち出した。聞けば未来志向の交通システムらしいが、実際のところは「昔の市電の幻影」にすがっているようにも見える。低床式でバリアフリー、静音性も高いとされるLRTは、バスの混雑や定時性の低下を補う切り札だという。だが、京都の道路事情を知る人間からすれば「夢物語」に近い。東大路通や今出川通は幅員11〜12メートルしかなく、複線敷設は不可能。単線で交差点を全赤にして行き違いをする光景を想像してみればいい。観光都市の目抜き通りが、電車のために車も人も立ち往生する――これでは「渋滞緩和」どころか「渋滞製造機」だ。

さらに、総工費は路線ごとに120億円から598億円。京都市の財政事情を考えれば、財布の中身を見ずに高級ワインを注文するようなものだ。市民の生活感覚からすれば「また赤字を増やすのか」とため息が出る。沿線住民の反対も根強く、計画は長らく停滞。理念は立派でも、現実は厳しい。商工会が「未来の交通」と胸を張っても、足元は泥沼だ。

議論の中で浮かび上がるのは「地下鉄短絡線」という代替案だ。全面的な地下鉄延伸は数千億円規模となり現実味に乏しいが、各私鉄の始発駅どうしを地下で短距離接続するだけなら、より小規模な投資で済む可能性がある。

例えば地下鉄道の延伸でなくとも阪急京都河原町駅と京阪祇園四条駅を地下道で直結すれば、現在は大混雑する地上歩道を経由して移動する乗り換えが、よりスムーズで快適になる。両駅の利用者数は多く、観光客や通勤客にとっても利便性の向上は大きい。雨天時や混雑時でも安心して移動でき、観光動線としても分かりやすくなる。乗り換えの快適性や都市景観との調和、観光都市としての魅力向上といった観点からは十分に検討に値する。これこそ「市民が実感できる未来の交通」として、現実的な選択肢となり得るのではないか。

地下鉄道で言えば、北野白梅町から出町柳までを地下鉄で結べば、嵐電・叡電・京阪のネットワークが直結し、金閣寺から銀閣寺まで一本で繋がる。観光客は「バス渋滞に巻き込まれず、乗り換えなしで東西移動できる」体験を得られる。市民にとっても、通勤時間の短縮やバス依存からの脱却は生活の質を大きく変える。延長約3kmで900〜1500億円と試算されるが、LRTの「渋滞製造機」に数百億円投じるよりは、よほど筋が通っている。

結局のところ、商工会議所が推進するLRTは「見栄えのいいプレゼン資料」にはなるが、実現性も費用対効果も乏しい。むしろ商工会が本気で都市交通の利便性を高めたいのであれば、LRTよりも「祇園四条京阪〜河原町阪急の地下道直結」や「白梅町〜出町柳の地下鉄接続」といった具体的な短絡投資を私鉄に促す方が、はるかにマシだ。京都の交通政策の核心は、懐古的な市電復活ではなく、都市圏ネットワークの断絶をどう埋めるかにある。商工会の発表は「夢を語る場」ではなく「現実を直視する場」であるべきだ。

混雑覚悟の夜間万博観覧2025年09月18日

混雑覚悟の夜間万博観覧
昨日、家人に誘われて大阪・関西万博へ。正直、混雑に高額チケットを払って人混みを見に行くなんて…と思っていたが、まだ見ていないドローンショーを口実に、夜間観覧ならとしぶしぶ了承。ところが、二日前にチケットを買おうとしたら、3900円の夜間券はすでに完売。仕方なく6000円の一日券を購入。さらに、前回の混雑を思い出し、帰りは自家用車が便利だろうと5500円の駐車場代も追加。高速代往復4000円、電車なら1400円なのに…4人でも元は取れない。しかも駐車場は16時以降しか予約できず。昼間は暑いから自分はいいけれど、一日券を買った人はショックだろう。さらに追い打ち。帰りのシャトルバス予約が満席。15分の乗車時間なのに、予約できないと1時間待ちもあるとか。電車の混雑を避けて車にしたのに、これでは意味がない。とはいえ、混雑覚悟で行くのだから、諦めるしかない。予約画面に「取り消し」ボタンがあったので、誰かがキャンセルするかも…と淡い期待を抱いて当日へ。

西口から入場したのは17時頃。甲子園球場40個分の広さの会場は、どこもかしこも道頓堀状態。前回の3倍は混んでいた印象。家人の希望でフランス館へ向かうが、最後尾は「2時間以上待ち」のプラカード。途中、割り込みでもめる人もいて、暇つぶしにはなった。ようやく入館できたが、滞在時間は30分ほど。ディオールの展示は美しかったが、他は「ふーん」で終了。トイレも15分待ち。ようやく座れたのは20時半の水上ショー。売店も長蛇の列だったので、コンビニで買ったおにぎりと冷凍ジュースが正解。帰りのバス予約ページを開くと、満席だった21時に奇跡的に1席だけ空きが出ていて、即予約。これで一安心。

水上ショーは噴水が海風に流されて観客席に降り注ぎ、体中が塩っぽく。ミストスクリーンの映像はなかなかの見応えだった。だが、期待していたドローンショーは強風で中止。目論見は儚くも崩れた。冷静に考えれば、1人1万円近く払って2時間並び、20分の展示と20分のショーだけ。普通なら「頭おかしい」と思うが、みんなが同じ行動をしていると、それが普通に見えてくる。不思議なものだ。お祭りとは、そういうものかもしれない。そう思いながら、塩風をまとって高速の帰路についた。

羅臼岳ヒグマ襲撃事件2025年08月16日

羅臼岳ヒグマ襲撃事件
「羅臼岳のヒグマは人間と共存している」牧歌的な言葉が、観光パンフレットや自然保護の美辞麗句として繰り返されてきた。だが、昨日、北海道・羅臼岳で起きた致命的な襲撃事件は、その幻想を一瞬で打ち砕いた。登山中の20代男性が、突如現れたヒグマに襲われ、下半身を損壊されるほどの激しい攻撃を受けて命を落とした。遺体は藪の中に引きずり込まれ、捕食行動を示す痕跡が残されていた。人間が“獲物”として認識された可能性が極めて高い。この事件を「異常個体による例外」として片付けるのは安易すぎる。実際、同様の事例は近年相次いでいる。先日、北海道・福島町では新聞配達員がヒグマに襲われ、遺体の一部が熊の胃から発見された。しかもこの熊は、過去の死亡事故にも関与していたことがDNA鑑定で判明。つまり、同一個体が複数回にわたり人間を捕食していたのだ。さらに2023年には、大千軒岳で登山中の大学生が襲われ、遺体は枝で覆われた状態で発見された。熊の胃からは人間の組織が検出され、保存食として扱われていた可能性が指摘されている。これらの事例は、ヒグマが人間を餌資源として認識しうることを示しており、「熊は人を襲わない」という定説が希望的観測にすぎないことを明らかにしている。

こうした事態が頻発するの理由は単純だ。山野の食糧がクマの数を支えきれなくなっているのだ。クマは広大なテリトリーを必要とする動物だが、近年の繁殖の上昇に見合う狩猟が行われず、クマが既存の空間に収まりきらず、人間の生活圏へと“押し出される”ように移動し、食性も動物も食するように変化している。この現象は、爆発的な個体数増加がなくとも起こる。臨界点とは、生態系が安定を保てる限界値であり、静かに飽和が進行すれば、構造的に人里への侵入が誘発される。つまり、今起きているのは「臨界点突破」と考えられる。ここで問題になるのが、環境省の生息数統計の信頼性である。クマの個体数は目撃情報や痕跡調査に基づく推定値であり、未踏域や若齢個体の把握は困難。実態は統計より多い可能性が高く、捕獲数が自然増加量に追いつかない状況が続いている。数字が安定して見えても、現場では臨界点を静かに超えているのだ。

「共存」という言葉はこの実態を覆い隠すレトリックにすぎない。生態学的に「共存」とは、互いの存在を認識し、行動を調整しながら持続的に同じ空間で生きる関係性を指す。羅臼岳では、熊の個体識別も行動調査も不十分で、登山者の行動規範も統一されていない。これまで事故が起きていないことをもって「共存している」と語るのは、科学的にも倫理的にも無責任だ。今後必要なのは、言葉の見直しではなく、現実への対応だ。熊が人間を捕食対象とする可能性がある以上、遭遇回避だけでなく、遭遇を減らす個体管理、情報発信の強化が不可欠である。「共存」という言葉を使うなら、それに見合うだけの科学と倫理、そして現場の覚悟が必要だ。幻想を語る時代は終わった。現実を直視しなければまた事故は確実に起こる。

旅とAI2025年07月19日

東北の旅
2週間の旅が終わった。今回は行き先だけをざっくり決め、あとはAIに任せて旅程を組んだ。使ったのは、Googleマップと連動しやすいジェミニ。宿泊は「3泊キャンプ」とだけ指定し、残りは楽天トラベルやBooking.comで探した。AIによる旅行プランは、概ね実用的だった。唯一日程を変更したのは、弘前に2泊したあと、キャンプ場へ向かう3日目。AIの提示したプランは、反対方向の八甲田と奥入瀬を観光してからキャンプ場へ向かうものだったので、奥入瀬は2日目に移動させた。道順を変えた例もある。一関から陸中高田の休暇村へ向かう行程に、少し北側の龍泉洞を組み込んだことで、AIは盛岡からのルートを提案してきたが、GHオーナーの「復興道路の方が楽」という勧めで、遠野から釜石へ入り、北上して龍泉洞、さらに折り返して陸中宮古に戻るルートを採用した。細かな修正はその都度AIに相談し、「駐車場はどこか」「何時間ほど見学できるか」などを尋ねながら、快適な旅ができた。これまでならGoogleマップとにらめっこする時間が長かったが、その手間がほぼ省けた。自力でやったのは、宿泊予約くらいだ。

もちろん「それでは旅の計画段階の楽しみが半減するではないか」という向きもあるだろう。しかし、年を重ねるにつれ集中力が続かなくなり、計画そのものが面倒に感じられるようになる。キャンプ場選びも、熊との遭遇率を下げるために、なるべく人気の場所を選びたいところだが、いくつもの口コミやホームページを見比べる作業は煩雑だ。AIに希望を伝えるだけで、まず外れのないキャンプ場を示してくれる。実際には人気のあるキャンプ場でも平日だったため、ひとりキャンプという状況になったが、それもまた一興。薪の購入可否までは検索できなかったようだが、道の駅やホームセンターを行程に組み込めば、不足の心配はなかった。

行き先の情報については、Kindleで『東北ドライブ』を1冊購入し、パラパラと読んだものの、情報が網羅的すぎて深い知識には届かず。むしろ、AIにピンポイントで説明させたほうが、欲しい情報に直接アクセスできるので便利だ。こうして今回の旅は、旅程作成も含め、約8割がAIによるガイドに依存した。それでも、まあまあ満足している。とはいえ、時折とんでもない計算違いや誤情報を出すことがあるため、全面的な信用はできない。AIも間違うという前提を持って、「●●が正解だと思うけれど、違っていないか?」と質問すると、再考のアルゴリズムが働き、修正を提示してくれる。しつこくやりとりをしないと修正に至らないことも何度かあったが、それもまたAIとのつき合い方だと思えば、トラブルは避けられる。つまり、まだ人間の経験や直観力には敵わない。それでも、旅のトラブルや偶然も含めて面白さだとすれば、間違いのない旅など味気ない。相談相手がAIというのも、どこか寂しい。残る地域は関東。さて、次はどんな風景に出会えるだろうか。

フェリー移動2025年07月18日

太平洋フェリー
仙台港12時50分発名古屋港翌日10時30分着の太平洋フェリーいしかりの船中である。秋田行きの新日本海フェリーでは、最安値の雑魚寝部屋で電源コンセントがなく困ったが、太平洋フェリーでは二段ベット部屋で照明の下にコンセントがあって助かった。スマホもタブレットも暇な時ほど使い倒すので、電源問題は重要だ。愛用のバッテリー型ACアダプターは2台同時に充電できる。狭い所にコンセントがあるとバッテリー筐体が邪魔してプラグが差せないことがあるが、AC電源がなくてもUSB電源があれば本体にも充電できるので車中でも重宝している。

旅行中は検索の機会が増える。昔はググってどの情報が適当か選択する必要があったが、今はAIで一発回答だ。書籍に掲載されている程度のことはAIが間違いなく答えるし、再質問にも答えてくれる。逆に言えばネットに頼り切っているとも言える。今日もフェリー乗り場に行こうとするとナビのWi-Fiが突然繋がらなくなり出港時間は迫るわ行き先の見当がつかないわでプチパニックだった。急いでいる時にトラブルは起こりやすいものだ。車側のアプリを再起動をすれば解決するのだが、この解決策を焦ってしまうと思い出せなくなる。とは言え、今更地図や本を持ち歩いて移動というアナログ時代にももどれぬ。

携帯デバイスとその電源は無くてはならないもので、雑魚寝部屋だからといってコンセント一つ設置していないフェリーは許せない。だったら車で移動すれば良いというご意見もあろうが、片道1000キロ10時間運転は年寄りには酷だ。今回の旅でも2週間で2000キロ余りだ。燃料代と高速代は京都から往復すれば5万程かかる。とすれば今回のフェリー往復5万5千は悪い選択ではない。ただ時間は倍かかるので暇つぶしの電源問題は捨て置けぬ話なのだ。だからと言って新日本海フェリーが携帯デバイスのことを何も考えていないわけではない。他社の話で有料ではあるが衛星回線の紹介をしていた。でも、自社の船内フェリーのWi-Fi回線の故障はもう1週間以上放置したままだ。潔く太平洋フェリーのように船内Wi-Fiはないと言い切った方が納得感がある。あれ?結局ディスってるなぁ。しかし、新日本海フェリーの給湯室は製氷機がない分やや広めに使えることは胸を張って言える。でも無料の製氷機そのものを見かけなかった。風呂も太平洋フェリーのように入港30分前まで自由に入れるわけでもない。うーむ。