牛歩 ― 2023年03月04日
発達性ディスレクシアを支援するNPOエッジが主催する「読み書き困難の集団アセスメント発表会2/19」のアーカイブを視聴した。新しいことは言っていない。宇野グループとの違いは、訓練よりも今ここでできるの学習支援を重視していることだろう。訓練をして少々読み書きができるようになってもディスレクシアのない子どもはさらに先に進んでいるので幅は縮まらない。大事なことは学習が楽しいことをどんな方法でもいいから体感することだ。藤堂さん達の主張はその通りだと思う。ただ、早期に見つけ出すことは双方同じで流暢性と正確性を測ることについては変わりはない。今回の報告で神奈川の小田原市の有志教員が15人ほど集まって研修会をして子どもへの対応が変わったと言う報告をしてくれたが、いまだに公教育は有志が集まるこの程度のことで良かったよかったと報告をしなければならない程遅れている。
まさに牛歩の歩みだ。PECSでも書いたがLD支援は学校ではこの20年何も変わらない。静かな障害は教員のじゃまにならないから放置されやすい。子どもたちは自分は馬鹿だと静かに苦悶しているのだ。合理的配慮は法制化はされているが、契約関係になっておらず、教える側の立場が優位なのだ。エビデンスに基づいた支援は契約関係が必要だ。配慮では隔靴掻痒なのだ。
まさに牛歩の歩みだ。PECSでも書いたがLD支援は学校ではこの20年何も変わらない。静かな障害は教員のじゃまにならないから放置されやすい。子どもたちは自分は馬鹿だと静かに苦悶しているのだ。合理的配慮は法制化はされているが、契約関係になっておらず、教える側の立場が優位なのだ。エビデンスに基づいた支援は契約関係が必要だ。配慮では隔靴掻痒なのだ。